FunTrails100K Round 秩父&奥武蔵ボランティア体験記

FunTrails100K Round 秩父&奥武蔵ボランティア体験記

 

心踊る!? レースシーズンが到来した。大会に出ることをモチベーションに走っているランナーは少なくない。レースがあるから速くなれるし、走り続けることができるというもの。そんなレースを支えているのが、ボランティアスタッフの働きだ。彼らなくしては、大会は成立しない。ランナー何年生かになれば大会経験は増えるし、その楽しみは知っている。でも、ボランティアについてはどうだろう。まだまだ経験者は多くないのでは??彼らは何を理由にボランティアをするのだろう。そこにはどんな苦労や感動があるのだろうか。

2015 年 11 月 22 日〜23 日にかけて開催された、「FunTrails100K Round 秩父&奥武蔵/ FunTrails50K Two lakes&Green line」にボランティアとして参加した二人の男性ランナーの声をお届けする。大会名の距離を見ればレースの過酷さはわかるだろう。もちろんハードなレースということは、その分ボランティアの仕事も大変になってくる。


倉林良徳さん(35歳/会社員)は、ラン仲間の杉野博之さん(49歳/会社員)に誘われこの大会の開催を知る。「地元開催で、よく走っているトレイルが舞台だったから」という理由で、ボランティアに初めて参加した。因みに倉林さんは前日の準備から全部で3日間、大会をサポートした。杉野さんはマラソン大会のボランティは経験済み。だがトレイルのサポートは初めて。つくばマラソンに出場していたため11月22日の夜10時から翌朝6時までの8時間の参加となった。




【11月21日】


倉林さんらボランティアの大会はランナーより1日早く始まった。大会前日21日の午前9時に集合すると、まずは車両をピックアップ。この日の仕事は、100kmコースの前半部分のエイド4カ所に物資を運ぶこと。トラックに食料や飲料などの物資を積み込んで、各エイドを回り荷物を降ろしていくのだ。100kmコースの定員は500名。その胃袋を満たすエイド4カ所分の物資は、かなりの量だ。4カ所すべての荷物を降ろし終わったのは午後8時。腕や胸の筋肉がぱんぱんとなる。エイドからエイドへの移動途中、立派な角を生やした牡鹿に遭遇した、これもトレイルならではの出会い。




【11月22日〜23日】


22日午前8時、筋肉痛の体に喝をいれ飯能の本部に集合。レース中のメイン業務は100kmコースの80km付近のエイド運営だ。まずはエイドに置くおにぎり500個を引き取りに。その後電車で来る他のスタッフの送迎など、運転&配達業務もこなしながら、エイドに立ち寄るランナーたちへ食事やドリンクを提供しなければならない。「何が飲みたいですか?」「お茶漬け、お汁粉ありますよ」とコミュニケーションをとりながら、手際良く準備していく。特にトップの選手は立って食事をすませるほど急いでいるので、こちらもテキパキとサポートしなくてはならない。また夜からのボランティアスタッフを迎えにいったり、コースの誘導係をポイントに送ったり、次から次へと仕事はある。「特に徹夜を含む長時間の業務の中で、車でスタッフを送迎する時は事故を起こさないようにと気を張り続けるのが大変でした」と振り返る。また第1回の開催ということで別の苦労もあったようだ。「広範囲にわたる開催地、複雑な地形などが重なり、本部と各拠点やスタッフ間の連絡網が機能しないことも多かったんです。現場でその時点で最良と思われる対応をしたつもりですが、判断は難しかったですね」。ただそのおかげで、ボランティアチーム内の結束は強くなり、「またこのチームで何かしたい」と思えるほどに。そんな倉林さんの疲れを吹き飛ばしたのは、選手達の力走だ。80km走ってきた選手たちに対し「ここまで来てくれたことが、本当に嬉しかった」という。


「夜到着したボランティアスタッフと交代し、休んでいた時なんですけど、80kmも走ったとは思えないさわやかな対応をしている方がいて、思わずかっこいいとつぶやいてしまいました」


休憩中に寝落ちしてしまうほど、くたくたになりながら、最後のランナーがエイドを通過するのを見送ったのが朝7時。エイドを片付け、帰宅した。




【11月22日〜23日】


11月22日夜からボランティアに参加した杉野さん。その前につくばマラソンを走ってきたというから驚きだ。夜10時待ち合わせの吾野駅に到着。先にボランティアをしていたラン仲間の倉林さんに迎えられ、担当の80km地点のエイドへ。ちょうどトップランナー達が通過した後だが、まだまだ順位を狙う選手たちが到着する頃、彼らはイスにも座らず立ちながら補給していく。しかもコースに戻る前に「ありがとうございます」「いってきます」と声をかけてくれるマナーの良さに、逆に元気をもらったそうだ。どうすれば選手を励ますことができるか?常にそう考えながらエイドをもりあげた杉野さん。エイド運営の勝手もわかり、楽しくなってきたところでこんな連絡がくる。

「コース誘導のスタッフが交代せず、食事もとっていない。誰か変わってくれないか」

エイドの仕事に魅力を感じながらも、「必要ならば」と新たな持ち場へ。コース誘導といっても昼の一般道路ではない。夜中の山道だ。杉野さんが担当した時間は夜中の2時から朝の5時。ただ静かな暗闇だけが広がっていたという。しかも任されたのはたった一人。そんな中、ライトの明かり、足音、息づかいが聴こえてくると、それだけで涙がでそうになった。これまでの静寂をぶっ壊すがごとく「お疲れさまです〜、がんばってください!コースはこちらです!!」と声をかけ、ハイタッチを何度もした。「もうダメです」と弱音をはいたのに、杉野さんと少し話して「復活しました」と走り出す選手もいれば、「眠いです。眠いです」と呟きながら走り続けるランナーもいた。限界ぎりぎりのところで戦っている選手たちに、胸の奥が何度も熱くなり、できる限りのエールを送った。時折みせてくれる選手の笑顔が、杉野さんのエネルギーになった。選手がいなくなると、暗闇がまた襲ってきた。誰も来ない時間、じっとしているのが嫌で少し辺りを走ってみたら、お墓を見つけてしまった。暗闇が一層怖くなった。合掌。朝5時エイドに戻り、仲間達と作業をしていたら終了時間に。振り返るとあっという間だった。




「なぜ、そんなにまでして走るのか」と杉野さんはランナーをみて感動したそうだが、こちらから言わせれば「なぜ、そんなにまでしてボランティアをするのか」と言いたくなる。


「レース運営の一部を体感できたことは、選手で参加するときの楽しさを倍増させると確信した」とは倉林さん。確かに実際に自分が走る時は、よりありがたみも増すだろう。ただ、それだけではなく「純粋に楽しかった」「感動した」とも、二人は口を揃える。そして「またボランティアしたい」とも。100kmのトレイルという超人レース。そんな超人たちの背中を押してくれたのは、ボランティアスタッフのコース誘導だったり、エイドであり、応援だ。


「楽しかった」と振り返る彼らだが、もちろん内容は過酷なものだ。そんな「頑張ってほしい」という彼らの気持ちを背負って、選手は100kmの山道を走り続ける。そして「頑張れ」という言霊を選手たちが一緒にゴールまで持っていってくれる。「頑張れ」という強い気持ちを送り続けることで、倉林さんも、杉野さんも違う形で100kmのゴールを体感していたのだろう。




<テキスト:STEP編集部>