中島ノブさんのボストンマラソン完走記
Date: 2009/04/25 | Time: 12:56
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STEP読者の中島ノブさん(会社員・男性)から、ボストンマラソンの完走記が届きましたので、ご紹介します。
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第113回ボストンマラソン」が4月20日(月)に行われ参加してきました。縁あってここSTEPWEBでレポートさせていただきます。
レースの3日前の4月17日(金)に現地入り。ボストンは仕事で何度か訪れたことがありましたが、まさかマラソンのためにくることになろうとは思っていませんでした。勤めている会社の本社がボストンにあり、10年に渡ってボストンマラソンにチャリティーチームを送り出しています。そのチームの一員としての参戦でした。
レース当日、朝4時半に起床。時差ぼけが残っているので早起きは苦になりません。アルファ米の赤飯、バナナ、どら焼き(半分)、ザバスで朝食をとり、6時過ぎにスタート地点まで輸送してくれるバス乗り場へ出発。ホテルから歩いて30分ほどの場所がバス乗り場でしたが、乗り場が近づくにつれたくさんのランナーが集まってきます。乗り場ではバスごとに列ができており、比較的短そうな列につき30分ほどでバスに乗車。バスはスクールバスです。マサチューセッツ中のスクールバスをすべて集めてきたのではないかと思われる様子は圧巻でした。
バスに乗って一時間ほどでスタート地点に到着。天気は上々。でもやっぱり寒い。普通はスタート時間までは選手村の広場で待機するのですが、我々は今回のチャリティの対象である「Michael Carter Linsnow Respite Center」という施設で待機させてもらえました。暖かい部屋でWheel Chairの部や女子エリートの部をテレビ観戦しながら、食事もあり、トイレにも並ばなくてよい、というかつて経験したことのない快適なレース前です。
10時過ぎになりそろそろスタート地点に移動。チームはほぼ一番後ろのCoralです。

10時半、いよいよスタート。号砲が鳴ってスタートまで歩く間に、多くの人がそれまで来ていたトレーナーなどを沿道に投げ込んでいきます。それをスタッフが拾ってビニール袋につめこんでいる。この捨てられた服は洗濯されて発展途上の国に送られるそうです。
海外レースは初めてでしたが、日本のレースと違って仮装ランナーはほとんど見かけません。今回走った中でも見かけたのは3人くらい。一人は日本人女性がミニーちゃんになってました。目立ちたがりのアメリカ人が仮装しないとは不思議なものです。そのかわりというわけではないでしょうが、多くの人が背中に「誰々のために走ってます」というメッセージをつけていました。"For Dad","For Mom","For Child","For Friend"。アメリカの人は、誰かのためにマラソンを走る、という意識が強いようです。確かに今回会ったアメリカ人からは、何のために参加したの?とよく聞かれました。
沿道ではスタート直後からかなり盛り上がって応援してくれます。1キロ過ぎでロッキーのテーマが聞こえてきました。ロッキー登場早すぎだろ!と苦笑しながら、沿道にいるたくさんの子供たちとハイタッチ。老人ホームらしきところではおじいちゃん、おばあちゃんが車いすで沿道まで出てきて観戦してくれています。寒い中わざわざ外まで出てきてくれてありがとう!と思いながら手を挙げて挨拶。
序盤戦を快調に走り、20キロ近くになっていよいよウェルズリー女子大が近づい てきます。ボストンマラソンは沿道のどこでも熱狂的な応援ですがその中でも飛び抜けて有名なエリアです。Entering Welleseleyの標識が見えると、男性ランナーがAre you ready?と話しかけてきました。1キロも手前からすごい大歓声が聞こえてきます。
ウェルズリー女子大にさしかかると沿道には女子大生 が鈴なり。フェンスを乗り越えんばかりに身を乗り出して大歓声。Kiss me、Free Kissのプラカード。ジャニーズのコンサート会場のようなノリです(行ったことないけど)。私も当然ペースを落とし(^^;)ハイタッチの嵐をもらいま くりました。この女子大はヒラリー・クリントンを輩出した優秀な大学だそうです。ヒラリーもこうやって大応援したのでしょうか?
女 子大を越えていよいよ後半戦。ウェルズリーの後だと応援も静かに聞こえます。ボストンのコースは上ったり下ったりいわゆるHillyなコースで、かなり脚 に負担がかかります。後半にあるHeartBreak Hillばかり気にしていたのですが、前半も結構アップダウンがありました。スピードは抑えるように注意していたのですが、調子にのって飛ばしていたので しょう。25キロを過ぎたあたりで坂を上っている最中に左足全体に鈍い痛みが。。。我慢していれば痛みもそのうち麻痺してくるかと思いましたが、左足をか ばっているうちに今度はレースの前の週に痛めた右のふくらはぎが痛みはじめる始末。。。走っては歩き、痛みがやわらぐとまた走るという繰り返しになってし まいました。そんな状態で迎えたHeartbreak Hill(心臓破りの丘)。だらだらと上る坂。青梅マラソンの上り坂のような感じです。今回の私にとってはLegbreak Hillでした。

心 臓破りの丘を越えると、○にTというマークが見え始めます。これは地下鉄乗り場のマーク。だんだんボストンが近づいてきました。ここからは地下鉄で行こう か~、という声もちらほら。ラスト3マイルの表示を見て、残りは走りきるぞと決めて走ります。沿道の応援もますます激しくなってきて、Good Job!、Good lookin!、Well done!、Almost there!とうるさいくらいの大騒ぎ。

ビー コン通りからボイルストン通りにはいっていよいよ最後の直線。FINISHの青い幕が見えてきました。沿道にはぎっしりと人がつめかけ今まで以上の歓声で す。例えるならばゴルフのマスターズの最終ホールのグリーンにあがるプレイヤーが受けるような大歓声。「やっと戻ってきたー」と思いながら手を上げて歓声 にこたえながらラストスパート。
ゴール後チップをはずして完走メダルを首にかけてもらい、銀の防寒シートにくるまります。よく写真でみて いたボストン完走者の姿。初の海外マラソンを走り終えた感慨にふけりたいところでしたが、脚はボロボロ、風が冷たくてとーっても寒い。早く暖かい場所に 戻って休みたい!というのが最初に思ったことでした。ホテルに帰る途中でたくさんの人が完走のお祝いの言葉をかけてくれたのがうれしかった。

フルのレースは4回目でしたが一番ハードなレースでした。しかし今まで走った中で一番楽しいレースでもありました。あの大歓声は癖になりそうです。
翌日のボストンは雨。レースが一日前でよかったなあと思いながら帰国の途に。空港ではオフィシャルジャンパーを着て、誇らしげに完走メダルを首から提げている人が大勢。自分もそうすればよかった!
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